姫街道と一里塚 ひめかいどうといちりづか
姫街道(ひめかいどう)は東海道の脇往還としてきわめて重要な存在でした。こうした姫街道が幕府御用道として日の目を見るようになったのは、宝永4年(1707年)10月4日、東海道筋を襲った大地震により浜名湖口が大打撃を受け、東海道の通行が困難になってからです。
浜名湖口を舟で渡すようになってからも、巨大な象を新居から舟で渡すことができず、 姫街道を迂回したが、あまりに険しい道だったので象が鳴いたという「象鳴き坂」や、引佐峠を登り下りするときに、岩に石を投げて無事を祈った「石投げ岩」があります。
現在は「姫街道を歩く会」などがあり、ハイキング客でにぎわっています。
三ヶ日町西部の本坂峠(ほんざかとうげ)は、静岡県(遠江国)と
愛知県(三河国)の境で、標高約350m。姫街道で一番の高さと難所。
この付近には樹齢二百数十年の椿が群生していて、1月から2月にかけて真っ赤な花をつけ、冬の街道に彩りを添えている。
三ヶ日町内には3つの一里塚があり、江戸日本橋から70里(約280k)の所が大谷一里塚(おおやいちりづか)。江戸から71里(約284k)にあるのが 三ヶ日一里塚(みっかびいちりづか)
江戸から72里(約288k)の所にあるのが本坂一里塚(ほんざかいちりづか)
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