手筒花火の元は、戦国時代の合戦に通信連絡用に使われた「のろし」と思われますが、
鉄砲伝来と共に伝わった「黒色火薬」によって一段と進歩し、江戸元禄十三年の頃には
「大のろし」と称し、当時すでに花火として、煙だけではない鑑賞に耐え得る現在に近い
形が出来上がっていたと考えられます。(東三河地方に存在する文献より)
三ヶ日町では明治初期には町内の神社神前に奉納されていたと伝え聞いており、 その後現在に至るまで、各地区の夏祭り秋祭りなどで、年を追うごとに数多く奉納披露されています。
七月の土曜日には、各部落の夏祭りが行われ、毎週手筒花火が奉納されます。
私の大谷地区は七月十三日に一番近い土曜日・日曜日に夏祭りが行われます。
もちろん私も手筒が好きで、この手筒花火奉納のため
遠く海外(イギリス・カナダ・ドイツ)にも出かけました。
村祭りは規模は小さい物の、すぐ近くで花火を見れる(火の粉をかぶるくらい)と言う、
良い条件があり、親戚や友人で夜遅くまでにぎわいます。
写真の一番小さな手筒花火で火薬量約300g入ります。
写真の中央と右の手筒花火で火薬量約1,200g入ります。
写真の左側一番大きな手筒花火で火薬量約1,800g入ります。
1本の竹でこれがおよそ2セット作れます。
煙火火薬の単位は斤で1斤は約600グラムです。
食パンの1斤とは重さが異なります。
「竹」肉の厚い孟宗竹を使用し、割れ防止のため油気を抜く。「カガミ」噴出口が焼け、火勢が弱くなるのを防ぐため粘土をたたき詰める。
「黒色火薬」手筒用煙火火薬で、焼酎で湿り気を与えながら慎重に詰める。この詰め方の善し悪しが優劣を決めると言われ、 湿りを多く取って堅く詰めすぎると発煙筒のようになってしまう。
逆に湿りをあまり取らずに詰めると、火勢の良い手筒花火になるが爆発の危険がある。
「ハネコ」花火の噴出の後、ドカーンと景気良く終わるように黒色小粒火薬を少量詰める。
煙火火薬を使用するので大変危険ですが、基礎から学べばできないことではありません。
< 現在制作手順を細かく説明できるように、ホームページを制作中です。
必要なもの
1.煙火屋さん・・・手筒花火用の煙火火薬を製造してもらったり、必要な知識を伝授してもらったり、空手筒へ火薬を込める仕込み場として必ず必要です。
もちろんキッチリと講習を行います。
3.孟宗竹・・・手筒火薬の側になる部分です。三年以上たった真っすぐで目通り内径10〜12センチ程度のものを選びます。
4.ござ・・・畳換えをしたときに出るござで十分です。太くかっこよく見せるために使います。
5.厚紙・・・飼料の袋とかプラスチック成形工場で出る紙袋を使用します。もし竹が割れたりしたときに、火を受け止める重要な働きをします。1本に10袋くらい巻きます。
6.太縄・・・手筒用の縄で、その他に使い道がないため一般に市販されていません。紙やござを閉め固めるために使います。1斤以下は2分縄、2斤以上は3分か4分縄を使います。写真は2分縄と4分縄です。孟宗竹は左より3斤用・2斤用・半斤用です。
手筒花火のことでしたら薬剤(硝石・硫黄・桐灰)の調合まで分かる私にお便り下さい。
mikkabi@orange.ne.jp
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