
上の鳥瞰図によると、主廓と物見台の間に堀があり、物見台の向こうにさらに続く旨の言葉があります。事実、延々と廓らしきもの、堀切らしきものが続きました。先端部では、眼下に道路が見え、自動車が走っていました。おそらくこのあたりまで続いているのではないでしょうか。
帰り道、縄張図のスケッチを書きながら戻ったのですが、まいごになりました。後で地図を調べたところおそらくここの尾根の分岐で西に向かってしまったようです。
ともかくにも、登城口より北側へ無理やり抜け出できました。したがって自作縄張図はあきらめです。
後日の再訪で物見台奥は、尾根伝いに山道が続くが、分岐、合流点などの広い場所に遺構らしきく見えるものがあるが、断定はできず。 |

左の鳥瞰図の一部の拡大図であるが、東尾根方面には、竪堀、腰廓(石垣)、堀切、墓地があると明記されているが、この筋は発見できなかった。真田城址の東の尾根遺構図の案内板がどこかに立っているのだろうか。 |