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   「明るい場所」

 岩崎めぐみ様

 こんにちは。お元気ですか。わたしは元気です。
なんて、昨日、一緒に夕飯食べたのに、変だよね。笑ってください。
 昨日は、なんだかいろんな気持ちで一杯になってしまって、自分でも何をし
ゃべっているんだか、収集がつかないまま帰る時間になってしまいました。
 突然、めぐちゃんが「会社辞める」なんて言うから、パニックしていたのか
もしれません。今思うと、少し言い方が乱暴だったような気がします。失礼な
こともたくさん言ってしまったかもしれないと、少し反省しています。ごめん
なさい。でも本当は、泣き出したい気分だったんだからね。
 めぐちゃんがこの仕事を、どんな思いで取り組んできたのか、どんなに好き
で、どんなに一生懸命がんばってきたのか、全てではないかもしれないけれど、
隣でたくさん見せてもらいました。
 めぐちゃんは、わたしにはないところをたくさん持っているし、尊敬もして
います。そんなめぐちゃんが言う「考えて考えて、一年かかって出した答え」
は、尊重されるべきものだと思うし、「あきらめたんだ」なんて、そんな簡単
な言葉ですまされるようなものではないと思います。本当にごめんなさい。で
も、会社にとってはかなりの損失だと思うけど。
 この間、わたしが「めぐちゃんに笑顔が戻ってきてよかった」って何気なく
言ったとき、「長い長い暗闇から脱出したからね」って言ってたよね。その言
葉の裏に、こんな大決心が潜んでいたなんて、思いもしなかった。
 めぐちゃんは、よく「ああしよう、こうしよう」って、職場をよくしようと、
みんなといろんな話をしてたよね。わたしも、よく仲間に入れてもらったよね。
 めぐちゃんが持っている、統率力と言うか、吸引力と言うか、みんなを惹き
付けるパワーには、びっくりするし、うらやましく思うばかりです。正直ずっ
と、この場所でそうしていてくれると思ってました。
 めぐちゃんはきっと、「何言ってんの。律ちゃんががんばんなくて、どうす
んの。」といつものように励ましてくれるだろうけど、わたしは本当のところ、
めぐちゃんのようには、今の仕事を好きではありません。
 だから、自分の意見にも少し気後れしてしまうのかもしれません。そういう
意味では、めぐちゃんがほのめかすように、わたしは、周りから少し頼りなく
思われてしまうのかもしれないね。
 もう何年も続けている仕事なのに、今でもわたしは、ここで一体何をしてい
るんだろう、と考えることがよくあります。もっと他に、一生懸命になれる仕
事もあるような気がします。(矛盾しているかもしれないけれど、でもわたし
は、毎日、一生懸命やっているんだよ。)
 わたしなりに、自分はこういう風に仕事がしたい、というスタンスがありま
す。そういう考えが近い人と仕事ができれば、とても楽だろうと思います。こ
こ以外の場所ならば、それができるんじゃないのかな、と何度も思いました。
でも会社は、働く個人のための組織ではないし、世の中どこに行っても、そう
いう都合のいい場所なんてないんだと思います。
 だからと言って、自己表現できない、自分自身を好きになれないままの仕事
に、一日の大半を費やす気にはとてもなれません。どんなに報われない、と思
ったときも「自分がそれをやった」という事実だけは、自分に誇れるようでな
いといけないと思います。逆に言えば、よくやったことの報酬は「自分がそれ
をやった」という事実だけなんだと思います。あとは、おまけ、かな。
 仕事なんて、誰も見ていてなんかくれないし、成功してあたりまえ。決まっ
た速度で片付けられ、進んでいく。そこには、わたしの意思も、それまでの過
程も存在していないような気がする。それに、別にわたしじゃなくてもいいみ
たい。わたしがいなくっても、何事もなかったように会社は続いていくし、仕
事は進んでいく。
 なんだか、つまらない愚痴になってしまいましたが、そう思いながら、自分
と周りとのギャップを感じながら、その中で自分のできることをしていくのは、
なかなか辛抱がいります。本当に泣きたくなることもあります。もっと強くな
りたいと思います。
 仕事の中に楽しみを見い出してごらん、なんて言われたって、何をどうすれ
ばいいのか、検討もつきません。めぐちゃんの言葉を借りると、暗闇にどっぷ
りはまり込んでいる感じです。
 でもわたしには、めぐちゃんは、さっき書いた「おまけ」をとってもたくさ
ん持っているように見えます。経験、自信、友達。わたしにそれがあまりない、
と思ってしまうのは、やっぱりわたしのやり方が間違っているからかもしれま
せんね。
 あとどれ位かわからないけれど、もう少しわたしはここで働くでしょう。通
い慣れた暗闇の中、明るい光を見つけられるよう、自分なりに一生懸命やって
いくつもりです。
 「自分なりに」か。なんだかひとりよがりな言葉だよね。わたしのこういう
ところが、あんまり好きになれないんだよね。どうして、もっと陽性に生まれ
て来なかったんだろう。もっとポジティブに考えられたら、どんなにいいだろ
う、といつも思います。
 それに、昔からチームプレーは苦手だった。今だに人との距離の取り方がよ
くわかりません。いい歳にもなって、何やってンだ、って感じだけど。でも最
近、その辺の極意がつかめそうな気がしています。これも、毎日仕事をがんば
って、いろんな経験をしているから、だよね。
 前にめぐちゃんが言っていた「自分を解放する」っていう言葉の意味、今は
何となくわかるような気がしています。がんじがらめにしていたのは、自分自
身なのかなと、この手紙を書きながら、だんだんそう思えてきました。うまく
言えないけど、今、じわっといい感じが湧いてきているような、明日からうま
くやっていけそうな、そんな気持ちです。
 明日から、ううん、今日から、空でも見上げて見ようかな。気持ちいいよ、
ってめぐちゃん言ってたよね。そして、もっと、ゆっくり考える時間をつくっ
てみよう。そしていつか、めぐちゃんには先を超されてしまってけど、明るい
光の射す場所へ、わたしも向かっていこうと思います。

 こんな変な、長い手紙につきあってくれてどうもありがとう。あと少ししか
一緒に仕事できないけれど、どうかよろしくお願いします。
 わたしは、めぐちゃんの送別会できっと泣くでしょう。それだけ宣言します。 


                           森谷 律子




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中山朋美Mail:Tomomi Nakayama